風邪気味です・・。
今日はマスクをして鼻をグズグズ鳴らしながらの治療でした。
少しでも早く治そうとしたんですけど、少し風邪症状が残ったままの治療でした。
せめてもの予防として患者さんにも当院の使い捨てマスクを着用してもらいながらの治療でした。
本当はキャンセルして休んだ方がいいんじゃないかとも思ったんですけど
申し訳無い気持ちでいっぱいでしたけど、なってしまった物は
仕方ないでn。
前回50肩のことを書きましたけど
同じ50肩でもこんなに原因が違うのか!
と治療技術は幅広く知っていないと対応できない症状も
あると再確認しました。
最近は多いんです。
前回の日記とはまた全く違う原因の50肩の方でした。
前回は骨格の歪み、変形で患部については上手くいったんですけど、今日の方は、原因はほとんど筋肉のみでした。
それに気がついた時は、「こりゃ今までやってきたいろんな筋肉、経絡系の療術ではそりゃ無理だったな、と思わずにはいられない肩の状態でした。
あるテクニックや流派に傾倒するのは深めるという意味では
とっても大事になるんですけど、どんなにすばらしい他に類を見ないテクニックでも、決して万能ではありえないということを忘れないようにしたいものです。
これはどんな治療法でもいえることだと思います。
引き出しは多いにこした事はありませんね、
「珍しい」「他に類を見ない」「画期的な」「即効!」「当院(院長)独自の技術」「更にはある創始者が発見した最高の技術!(よくあるフレーズです)」まで、どれも、そのほとんどは、そのテクニックオンリーでは全ての身体の症状には対応できない事と思います。
更に、世間の療術の常識からかけ離れた理論のテクニックほど、
効く時は物凄く効くけども、その反面創始者の勘違いであるケースも実はとっても多いのではないかと思います。(それでも、治療理論としての再現性があったりするのです)
勘違いも含まれているとは言え、あながちデタラメではないので大雑把に言えば共通している面もあるのでそれなりには治療の結果もしっかり出てしまいます。
でも本当に正確に調整できた状態に比べたら、若干の「残り」が出来てしまいそれが症状の再発を引き起こしてしまう事もあるですが。
治療理論も他を深く知らないからなのか?それとも自分の治療理論に対する信念がそうさせるのかは定かではありません。
「生物の進化論の図」で、行き止まりにぶち当たっている太古の生物ような「種」ではなくて、進化論の図の現在に至る最前線まで生き残っている「種」のように常にありたいなと思ってます。
今日の午前中の50肩の方なんかは、特に病院で出来なかった反動で一時期行っていたテクニックでは、どんなに上手くやってもまず無理だったろうと思いますね。
でも、どんな素晴らしい技術、メソッド巡りでもきっと
「熟練」には敵わないでしょうね。
骨でもない、かといって単純に筋肉を弛めたり、その他の柔部組織でもない。経絡でもない。
そんな50肩も存在するんだなと、治療にいきずまりかけた時
にも諦めずにリラックスして出来るつもりで臨めば、ポンッと
新発見が出てくる事はよくあるんです。
あの方はこの原理を教えてくれる為に来られたんだなと・・。
そして発見はまたすぐにノートにメモっておくのがいつものパターンなのです。
風邪気味の上にスカイプで喋りながら書いていたので話の脈絡がゴチャゴチャになってしまいました(笑)